一方、「納得できない」 どころか、「とんでもない発言」 があります。
(B−1: 東京新聞の記事を引用)
※ 「原文にはない改行」 を加えています。
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ただし、思ったまま正直に。
先生にほめられたいと悩むから書くのがつらくなる
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(B−1: 東京新聞の記事を引用。以上)
「筆洗の著者」 は、自分が子ども時代に、「>先生にほめられたいと悩むから書くのがつらくなる」 体験を、実際に行っているのでしょうか?
「私には、信じられない」 としか、言いようがありません(笑)。
なぜならば、子ども時代、「作文で、>先生にほめられたい」 と思ったことは、一度もないからです。
「作文を書くだけで、精一杯」 でした。
「先生に、ほめられたい」 と思う余裕など、まったくありません。
また、同時に、そのような発想 (願望) は、まったくありませんでした。
その 「必要がなかった」 からです。
授業の一環として、作文を書いただけです。
「先生に、ほめてもらうために」 わざわざ作文を書いたのでは、ありません。
そのため、「ほめてもらいたい」 とは、一度も思ったことがありません。
ただし、他の生徒たちは、どう思っていたか、それは分かりません。
中には、「先生に、ほめられたい」 と思いながら、作文を書いた生徒がいたかもしれません。
しかしながら、それを 「誰もが、当たり前に思っている」 かのように、この 「筆洗」 で言明するのは、とても承服できません。
(B−2: 東京新聞の記事を引用)
※ 「原文にはない改行」 を加えています。
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▼先生の評価は保証できないが、物語のテーマソングを作詞し、書き添えるという手もあるか。
おもしろそうだし、なによりも、子どもが喜んで書いてくれそうな気がする。
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(B−2: 東京新聞の記事を引用。以上)
この (B−2: 東京新聞の記事を引用) の部分を読んだ時は、びっくりして 「椅子から転げ落ちそうに」 なりました(笑)。
あまりにも 「世界が違う」 と思わないでは、いられません。
>物語のテーマソングを作詞
一体、どこから 「このような発想が出てくるのか」 不思議で、しょうがありません。
子どもたちの中には、自分で自由に 「歌を作詞したり、作曲したり」 することも、あるいは少なくないかもしれません。
しかし、全体から見れば、「明らかに少数派」 と思えてなりません。
この少数派を除く、「大多数の子どもたち」 にとっては、やっかいな 「読書感想文」 を、必死で書いたあげく、さらに 「>物語のテーマソングを作詞」 までさせられたのでは、たまりません。
それこそ 「ひっくり返って」 しまいます(笑)。
これは、あまりにも 「荷の重い、行き過ぎた要求」 です。
「助言や、提案など」 の範囲を、大幅に逸脱しています。
>おもしろそうだし