JAL123−急減圧流は存在しないと「事故調は認識している」(18)
2016-08-24


閉じている「プレッシャ・リリーフ・ドア」を、「開いている」と言明したら、大変な「大ウソ」をつくことになります。

事故調は、そこまでのウソをつくことが出来なかったと解釈できます。

かといって、「閉じていた」とは、口が裂けても決して言えません。
それを言ったら、事故調みずから、「急減圧がなかった」と白状することになります。
「後部圧力隔壁」は、急減圧流が生じるほど壊れてはいなかったと、白状することになります。

絶対に言えません。

そのため、苦しまぎれに、「このドアが開口したとしても」という、仮定形の表現で、必死になって「ごまかした」わけです。

この部分に限らず、今まで何度も述べたように、事故調は、閉じている「プレッシャ・リリーフ・ドア」を、「開いていた」と思わせるために、いくつものトリックを仕掛けてきました。

これも、その一つです。

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「このドアが開口したとしても」の表現を、逆の面から見れば、「実際には、開口していないが、もし仮に、開口していた場合であっても」と、事故調自身が、言おうとしているとも解釈できます。

この意味を言外に込めて、事故調が、「このドアが開口したとしても」と表現したのなら、「ある意味、立派」とも言えます。
しかし、実際は、そうではないと、思えてなりませんが。


(分析Q、に対する結論)(トリック13、に対する結論)

(1)「引用Q」で、本来ならば、「このドアが開口した」と言明する必要がある。

(2)しかし、「このドアが開口したとしても」と、仮定形の表現をしているのは、ドアが閉じていたのを「ごまかす」ため。

(3)それは、「急減圧流が存在しない」ことを隠すため。

(4)事故調は、急減圧流が存在しないと、明確に認識している。

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私は航空には素人ですが、電子技術者として、かつて長年、電子機器の分野で実務に携わってきました。
そのため、事故調の者たちが、人々をだますために、どのような文章表現にしようかと、トリック一つ一つについて四苦八苦している様子が、手に取るように伝わってきます。
彼らの、必死ではあるが、「こっけいな姿」が、目に浮かぶ思いがします。

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<長文のため、第19回目に続きます>


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